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高知地方裁判所 昭和56年(ワ)38号 判決

原告

渡久山春光

ほか一名

被告

有限会社五台山ハイヤー

主文

一  被告松本泰男は、原告渡久山春光に対し、七、五八二万八、〇六九円及びこれに対する昭和五八年二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告有限会社五台山ハイヤーは、原告渡久山春光に対し、七、五八二万八、〇六九円及びこれに対する昭和五八年三月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告松本泰男は、原告渡久山眞理に対し、一五〇万円及びこれに対する昭和五八年二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告松本泰男は、原告渡久山春樹に対し、八〇万円及びこれに対する昭和五八年二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

五  原告らのその余の請求は、いずれも棄却する。

六  訴訟費用は、これを六分し、その四を原告三名及び被告松本泰男の平等負担とし、その二を被告有限会社五台山ハイヤーの負担とする。

七  この判決は、第一ないし第四項に限り、仮に執行することができる。但し、被告松本泰男が五〇〇万円の担保を供したときは、第一項の仮執行を、被告有限会社五台山ハイヤーが八〇〇万円の担保を供したときは、第二項の仮執行をそれぞれ免れることができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告渡久山春光に対し、金一億円及びこれに対する昭和五八年二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告らは各自、原告渡久山眞理、同渡久山春樹に対し、それぞれ三〇〇万円及びこれに対する昭和五八年二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、被告らの連帯負担とする。

4  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

1  原告らの請求はいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因(原告ら)

1  (原告らの身分関係)

原告渡久山春光(以下、原告春光という)と原告渡久山眞理(以下、原告眞理という)は、夫妻であり、原告渡久山春樹(以下、原告春樹という)は、その間の長男で、昭和五二年六月二八日出生した。

2  (事故の発生)

原告春光が昭和五三年一二月七日被告有限会社五台山ハイヤー(以下、被告会社という)が雇用している訴外梅原忠雄(以下、梅原という)運転のタクシー(高五五あ三六一六、以下、梅原車という)の助手席に乗り、国道三三号線を高知市から高知県吾川郡吾川村に向けて走行中、同日午前二時四〇分ころ、高知県高岡郡佐川町加茂三、七六九番地二先の同国道上において、折りから、いねむり運転のためセンターラインを越えて、梅原車の順向車線に侵入してきた被告松本泰男(以下、被告松本という)運転の対向車、(普通乗用自動車、高五五ふ四七四四、以下、松本車という)と衝突し、原告春光は、頭部外傷、頸髄損傷の傷害を負つた(以下、本件事故という。)

3  (被告らの責任)

(一) 被告松本

被告松本は、松本車の所有者であり、自己が運転していたのであるから、自賠法三条による運行供用者責任がある。

(二) 被告会社

(1) 被告会社は、いわゆるハイヤー業で、一般乗用旅客自動車運送を目的とし、梅原を運転手として雇用している。

(2) 昭和五三年一二月七日、原告春光、訴外片岡幸太郎、同片岡良嗣は、梅原に自分達を高知市から高知県吾川郡吾川村川口まで有料で運送することを依頼し、同人はこれを承諾した。そこで原告春光と被告会社との間で旅客運送契約が成立した。ところで、旅客運送契約には、旅客を安全に目的地まで運送する内容が明示ないし黙示に含まれており、運送会社が安全な運送を行なわないときは債務不履行の責任を負担する。

4  (原告らの損害)

(一) 原告春光の損害(一億六、九四九万五、一六〇円)

(1) 原告春光の現在及び今後の病状等

原告春光は、本件事故の当日から現在まで近森病院に入院し治療を受けているが、本件事故による頭部外傷、頸髄損害(第四、五頸椎亜脱臼)の傷害のため、第五頸髄以下の完全痙性麻痺となり、回復の見込もない(昭和五五年四月一七日症状固定)。具体的には、原告春光は、本件事故当日から機能訓練をするとき以外ほぼ寝たきりの状態で、現在も首から下が麻痺し、四肢を殆んど動かせない上に、呼吸障害、直腸障害、知覚障害等を有している。また、自律神経機能障害のため体温、血圧調節等が不能の状態である。かような病状であるから、原告春光は、今後も全生涯にわたつて、医師による入院治療を受けなければ、生命の危険があり、また、自力では、日常生活ができず、常に付添人の介護を要している。

以上のような原告春光の後遺症は、自動車損害賠償保障法施行令二条別表後遺障害別等級表一級に該当するので、その労働能力の喪失割合は、全生涯を通じ、一〇〇パーセントである。

(2) 逸失利益(四、一四九万六、八八四円)

原告春光は、昭和一四年一月二六日に出生し、現在四四歳であるが、右のように、事故後労働能力を一〇〇パーセント喪失した。原告春光は、本件事故当時有限会社片岡産業に勤務し、その事故以前三か月間の平均賃金は、一日当たり五、九二一円であつたから、事故当日である昭和五三年一二月七日から昭和五八年一月三一日まで就労すれば、左記のとおり八九八万二、一五七円を得たはずである。また、原告春光は、昭和五八年二月一日から六七歳まで今後二三年間就労可能であるから、その間の得べかりし利益から新ホフマン係数(一五・〇四五)で中間利息を控除すると、同じく左記のとおり逸失利益は三、二五一万四、七二七円となる。

5,921円×1517日=898万2,157円

5,921円×365日×15.045=3,251万4,727円

(3) 治療費(七、九一八万七、一〇二円)

〈1〉 既払分(一、三六二万七、一八〇円)

原告春光は、昭和五三年一二月七日から昭和五八年一月三一日までの近森病院における治療費として一、三六二万七、一八〇円を要した。

〈2〉 将来分(六、五五五万九、九二二円)

原告春光は、前記のとおり生涯病院に入院し治療を受けなければならない。原告春光の昭和五七年一一月一日から昭和五八年一月三一日までの九二日間に要した治療費は、八一万五、一〇〇円であるから、これを一日当りに換算すると八、八五九円となり、原告春光は、現在四四歳であるから、あと三一年間は生存可能である(昭和五五年簡易生命表)。そこで、将来の三一年間の治療費を新ホフマン方式(係数二〇・二七五)で中間利息を控除して計算すると、六、五五五万九、九二二円となる。

8,859円×365日×20.275=6,555万9,922円

(4) 付添料(三、九一八万八、一五〇円)

〈1〉 既払分(六六二万六、五〇〇円)

原告春光は、前記のとおり、本件事故で重篤の麻痺傷害を受け、日常生活にも介助を必要とする。昭和五三年一二月七日から昭和五八年一月三一日までに要した付添料は、六六二万六、五〇〇円である。

〈2〉 将来分(三、二五六万一、六五〇円)

原告春光は、前記のとおり生涯付添を必要とし、現在の付添料金は一日当り四、四〇〇円である。将来分の治療費と同様三一年間に要する付添料は、新ホフマン方式で中間利息を控除すると三、二五六万一、六五〇円となる。

4,400円×365日×20.275=3,256万1,650円

(5) 治療諸費(二、五一六万五、三九五円)

〈1〉 既払分(二九六万四、二七〇円)

原告春光は、重症のため個室に入り、特殊なマツト(エアーマツト)、特殊なフトン(ムアツフトン)、自助具、付添人の寝具、電熱費等を要したが、昭和五三年一二月七日から昭和五八年一月三一日までのその金額は、二九六万四、二七〇円となる。

〈2〉 将来分(二、二二〇万一、一二五円)

原告春光は、生涯入院を要するが、一日当りの個室料は三、〇〇〇円である。将来分の個室料を将来分の治療費と同様な方式で計算すると二、二二〇万一、一二五円となる。

3,000円×365日×20.275=2,220万1,125円

(6) 入院雑費(四四五万八、六八七円)

〈1〉 既経過分(七五万八、五〇〇円)

原告春光は、本件事故日より昭和五八年一月三一日まで入院を継続し、その間一日当り少くとも五〇〇円を支出した。

500円×1517日=75万8,500円

〈2〉 将来分(三七〇万〇、一八七円)

原告春光は、昭和五八年二月一日以降も生涯入院を要し、一日当り五〇〇円を要する。将来分の入院雑費を将来分の治療費と同様な方式で計算すると、三七〇万〇、一八七円となる。

500円×365日×20.275=370万0,187円

(7) 慰謝料(二、〇〇〇万円)

原告春光は、本件事故で重篤の麻痺傷害を受け、事故以来寝たままの状況であり、症状は生涯改善される可能性はない。日常生活は自分で一切できず、妻、付添人に頼つている。この精神的損害は甚大で二、〇〇〇万円に相当する。

(8) 弁護料(五〇〇万円)

原告春光は、本件訴訟を高知弁護士会弁護士藤原周に依頼し、着手金として一〇〇万円を支払い、なお勝訴のときは、勝訴額の一割を払う約束をしたので、今後四〇〇万円を支払う必要がある。

(9) 損害の填補

原告春光は、本件事故で、次のとおり支払いを受けた。

自賠責保険傷害給付 二四〇万円

自賠責保険後遺症給付 四、〇〇〇万円

治療費 二六〇万一、〇五八円

計 四、五〇〇万一、〇五八円

(10) 結論

以上のとおり、原告春光の全損害は、二億一、四四九万六、二一八円であるが、すでに受領した右の四、五〇〇万一、〇五八円を控除すると、原告春光の損害の残額は一億六、九四九万五、一六〇円となる。

(二) 原告眞理及び同春樹の損害(各三〇〇万円)

原告春光の本件事故による後遺症は重篤であり、今後改善の見込みがないのであるから、その態様は死亡に類する。従つて、原告眞理、同春樹の精神的打撃は甚大で、精神的損害は、各三〇〇万円に相当する。

5 原告らは、被告会社に対して、昭和五八年三月一七日付け準備書面をもつて、原告春光が金一億円、原告眞理及び同春樹が各金三〇〇万円の本件債務不履行に基づく損害賠償の請求をし、同書面は、同月一八日被告会社訴訟代理人に送達された。

6 よつて、原告らは、被告松本に対しては、自賠法三条の損害賠償請求権に基づき、被告会社に対しては、債務不履行による損害賠償請求権に基づき、原告春光が一億円の、原告眞理及び同春樹が各三〇〇万円の支払いと、これらに対する昭和五八年二月一日(前記債務が遅滞に陥つた日の後である)から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告松本

(一) 請求原因1の事実は認める。

(二) 右同2の事実中、原告春光の受傷の部位、程度は知らないが、その余の事実は認める。

(三) 右同3の(一)の事実は、認める。

(四) 右同4の(一)の事実中、原告春光が本件訴訟を原告ら代理人に依頼したことを認めるが、その余の事実は、知らない。

同4の(二)の事実は知らない。

2  被告会社

(一) 請求原因1の事実は認める。

(二) 右同2の事実中、原告春光の受傷の部位、程度は知らないが、その余の事実は認める。

(三) 右同3の(二)のの事実は、全て認める。

(四) 右同4の(一)の事実中、原告春光は、近森病院に本件事故日より入院していること、原告春光が昭和一四年一月二六日生であること、原告代理人に原告春光が本件訴訟を依頼したことは認めるが、その余の事実は、全て知らない。同4の(二)の事実は、否認する。

(五) 右同5の事実は、認める。

三  抗弁(被告会社)

本件事故は、被告松本が居眠り運転の結果、センターラインを越えて対向車線に侵入してきたという被告松本の一方的過失により発生したものであり、梅原には、前方不注視等の過失はなく、ひいては、被告会社に責に帰すべき事由はない。

梅原は、原告らを同乗させて国道三三号線を伊野町方面から佐川町方面に向けて速度制限内の四〇ないし五〇キロメートルで進行車線内の左側部分(ゆるい上り勾配)を進行していたところ、約一六一メートル前方に同速度位で対向してくる松本車に気がついたので、これを注視しながら、緩い登り坂をアクセルから足をはずして減速気味に進行を続けた。ところで、松本車は、その直後センターラインを越えて対向車線内に侵入してきたが、すぐに自己の進行車線に戻つたので、梅原は、右のセンターラインオーバーは、いわゆるカーブでの膨らみと判断し、松本車の運転に異常は感じなかつた。その後も、梅原は、松本車の動静を注視していたが、両車の距離が二〇ないし三〇メートル(検証では、この距離は明確にならなかつたが、いずれにしろこれに近い距離である)に接近した時、松本車が突然右に向きを変えて、再びセンターラインを越えて、梅原車の進路前方に大きく侵入してきた。驚愕した梅原が直ちに急制動の措置を執るとともに、ハンドルを右に切つて衝突を回避しようとしたが及ばず、両車が衝突した。このような状況において、梅原としては、被告松本が適切な運転操作をするものと信頼して運転すれば足り、松本車が自車進路前方に自殺気味に侵入して正面衝突して来ることまで予見して回避する注意義務はなく、その両車の距離、衝突までの時間からみて衝突を回避することは不可能であつたと言うべきである。原告春光は、梅原がハンドルを左に転把すれば、衝突を回避できた旨主張するが、これは結果論であり、右のような予想外の事態が急に発生したときに、結果論からみた冷静な判断を梅原に求めることには、無理がある。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実中、梅原車の速度、両車の距離が二〇ないし三〇メートルに接近して松本車が突然右に方向を変えたこと、梅原が前方注視義務、結果回避義務をつくしたこと、衝突回避不可能であること、本件事故が被告松本の一方的過失により生じたことを否認し、その余の事実は、知らない。

梅原車は、国道三三号線を本件事故現場まで時速約四〇ないし五〇キロメートルで前進してきたが、前方の注視を怠り漫然と運転していたため対向して来る松本車が自車線に越境して来るのに衝突直前まで気付かず、更に衝突直前に危険に気付いてハンドルを右に切つた。被告松本は、事故直前に居眠り運転して対向車線に侵入したまま進行を続け、梅原の前照灯に照射されて覚醒し、急制動をしながらハンドルを左に転把した。その結果、両車はセンターライン附近で衝突した。本件事故は、右のように梅原が前方に対する注視を怠り漫然と進行したこと、更には危険を感じてハンドルを右に切り、被告松本が衝突を回避する処置を妨害したことにも起因する。従つて、被告会社は原告春光に対し、運送契約の債務不履行による損害賠償責任がある。

第三証拠〔略〕

理由

第一被告松本に対する請求について

一  (本件事故、被告松本の責任等)

請求原因1の事実、同2の事実中、原告春光の受傷の部位、程度を除いた事実、及び同3の(一)の事実は、当事者間に争いはない。成立に争いのない乙イ第一号証の一六・一七、甲第二号証、同第三号証及び原告渡久山眞理本人尋問の結果によれば、原告春光が、本件事故により、頭部外傷、頸髄損害の傷害を負つたことが認められ、これに反する証拠はない。

二  (原告らの損害)

1  原告春光の損害

(一) 原告春光の現在及び今後の病状等

成立に争いのない甲第二号証、同第三号証、同第一〇号証、原告眞理本人尋問の結果により成立が認められる同第四号証及び同本人尋問の結果によれば、請求原因4(一)(1)の事実を全て認めることができ、これに反する証拠はない。

(二) 逸失利益(二、六六八万〇、二六二円)

成立に争いのない甲第一号証、原告眞理本人尋問の結果により成立が認められる甲第五号証、及び同本人尋問の結果を総合すれば、原告春光は、昭和一四年一月二六日生れの男子で、現在四四歳であるが、本件事故当時は有限会社片岡産業に勤務し、その事故以前三か月間の平均賃金として、少なくとも一日当たり五、九二一円を取得していたことが認められ、これに反する証拠はない。この事実と既に認定ずみの本件事故後の原告春光の労働能力喪失割合は、一〇〇パーセントであるという事実を基礎として、本件事故日である昭和五三年一二月七日から昭和五八年一月三一日までの逸失利益と、それ以降原告春光が就労可能であつたと推認される六七歳までの逸失利益(中間利息の控除は、ライプニッツ方式による)を計算すると、左記のとおり三、八一一万四、六六一円となる。しかしながら、原告春光のように生涯寝たきりの状態の者には、生活費を三〇パーセント控除するのが相当であるから、結局、原告春光の逸失利益は、同じく左記のとおり二、六六八万〇、二六二円となる。

昭和53年12月7日から昭和58年1月31日までの分(1517日間)

5,921円×1517日=898万2,157円

昭和58年2月1日から67歳までの23年間の分

5,921円×365日×13.48=2,913万2,504円

生活費控除後の総逸失利益

(898万2,157円+2,913万2,504円)×0.7=2,668万0,262円

(三) 治療費(六、四〇三万七、九九〇円)

(1) 既払分

成立につき争いのない甲第一一ないし第一四号証及び原告眞理本人尋問の結果によれば、原告春光は、本件事故日である昭和五三年一二月七日から昭和五八年一月三一日までの間、近森病院において、治療費として金一、三六二万七、一八〇円を要したことが認められ、これに反する証拠はない。

(2) 将来分

前記のとおり、原告春光は、昭和五八年二月一日以降も生涯入院生活を余儀なくされるところ、原告春光は、右二月一日現在四四歳であるから昭和五五年簡易生命表によると特段の事情のない限り、あと三一年間は生存可能と推認される。前記甲第一四号証によれば、同原告は、昭和五七年一一月一日から昭昭和五八年一月三一日までの九二日間に治療費として八一万五、一〇〇円を要したので、これを一日当たりに換算すると八、八五九円となる。そこで、三一年間の中間利息控除をライプニッツ方式で計算すると、将来の治療費は、左記のとおり、五、〇四一万〇、八一〇円となる。

8,859円×365日×15.59=5,041万0,810円

(3) 合計

右の既払分及び将来分の治療費の合計は、六、四〇三万七、九九〇円となる。

(四) 付添料(一、八〇〇万七、二〇〇円)

(1) 既払分

前出甲第一〇号証、成立に争いのない甲第一五号証の一ないし四、原告眞理本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、原告春光は、本件事故後、昭和五八年一月三一日までの間は、日常生活、治療等のため職業的付添婦の介助を必要としたと推認されるところ、右証拠によれば、原告春光は、同日までの間に職業的付添婦に対し、合計六六二万六、五〇〇円を支払つたことが認められ、これらの事実を覆すに足りる証拠はない。

(2) 将来分

原告春光は、生涯職業的付添人による介護を要するとして、一日当たり四、四〇〇円の付添料を三一年間にわたり請求している。なるほど、既に認定したように、原告春光は、生涯付添を要することは、認められるが、その間終始職業的付添人を雇用せざるを得ないことを認めるに足りる証拠はない。かような場合には、近親者による付添の範囲内で付添料を認めるのが相当であると解されるところ、近親者によるそれは、一日当たり金二、〇〇〇円が至当であるから、これを基に三一年間にわたる付添料をライプニッツ方式で中間利息を控除して計算すると左記のとおり、一、一三八万〇、七〇〇円となる。

2,000円×365日×15.59=1,138万0,700円

(3) 合計

右の既払分及び将来分の付添料の合計は、一、八〇〇万七、二〇〇円となる。

(五) 治療諸費(〇円)

(1) 既払分

なる程、前出の甲第一一ないし第一四号証及び原告眞理の本人尋問の結果を総合すれば、原告春光は、昭和五三年一二月七日から昭和五八年一月三一日までの間に合計二九六万四、二七〇円の個室料、エアーマツト、電熱費等の治療諸費を支出したことは認められるが、更に進んで、これらの諸費が原告春光の治療等のため特に必要であつたことを認めるに足りる証拠はない。従つて、これらの諸費を原告春光の損害として認めることはできない。

(2) 将来分

原告春光は、将来の個室料として、二、二二〇万余りを請求するが、原告春光にとつて、個室が特に必要であること、更には、将来にわたつて個室を要することについては、何らの立証がなされていないので、将来分の個室料を原告春光の損害として認めることはできない。

(六) 入院雑費(三六〇万三、六七五円)

(1) 既経過分

原告春光は、前記のとおり、本件事故日より昭和五八年一月三一日まで入院を継続した結果、入院雑費として、一日当たり少なくとも五〇〇円を要したことが推認される。従つて、この間の入院雑費は、左記のとおり、七五万八、五〇〇円となる。

500円×1,517日=75万8,500円

(2) 将来分

前記のとおり、原告春光は、昭和五八年二月一日以降生涯にわたつて入院を要するので、一日当たりの入院雑費五〇〇円、生存期間三一年、ライプニッツ係数一五・五九として将来の分を計算すると左記のとおり、二八四万五、一七五円となる。

500円×365日×15.59=284万5,175円

(3) 合計

右の既経過分及び将来分の入院雑費の合計は、三六〇万三、六七五円となる。

(七) 慰謝料(七〇〇万円)

既に認定した原告春光の後遺症の程度、今後の状態その他本件に顕れた諸般の事情を勘案すれば、本件事故によつて、原告春光が受けた精神的苦痛に対する慰謝料は、七〇〇万円が相当である。

(八) 弁護士費用(一五〇万円)

原告春光が原告ら代理人に依頼したことは、当事者間に争いはなく、原告眞理の本人尋問の結果によると、原告春光が着手金を一〇〇万円同代理人に支払い、勝訴額の一割を費用及び報酬として支払うことを約していたと認めることができるところ、本件事案の性質、審理の経過等に鑑みると、原告春光が被告に対し賠償を求め得る弁護士費用は、一五〇万円が相当である。

(九) 損害の填補(四、五〇〇万一、〇五八円)

原告春光が本件事故による損害の填補として、次のとおりの金員を受けたことは、原告春光において自認するところである。

自賠責保険傷害給付 二四〇万円

自賠責保険後遺症給付 四、〇〇〇万円

治療費 二六〇万一、〇五八円

計 四、五〇〇万一、〇五八円

(一〇) 結論(七、五八二万八、〇六九円)

右のとおり、原告春光の全損害は、一億二、〇八二万九、一二七円であるが、既に受領した四、五〇〇万一、〇五八円を控除すると、損害の残額は、七、五八二万八、〇六九円となる。

2  原告眞理及び原告春樹の損害

既に認定したとおり、原告春光の本件事故による受傷及び後遺症の程度、今後改善の見込みがないことに鑑みると、その態様は死亡に類する。本件に顕われた一切の事情に鑑みると、原告眞理の精神的損害は、一五〇万円、原告春樹のそれは、八〇万円に相当する。

三  (まとめ)

以上のように、被告松本には、原告春光に対し、七、五八二万八、〇六九円の、原告眞理に対し、一五〇万円の、原告春樹に対し八〇万円の各損害賠償を支払うべき義務が存することになるところ、これらの支払義務は、本件事故日である昭和五三年一二月七日の時点で既に遅滞に陥つていることは明らかであるから、その後である昭和五八年二月一日から各金員に対する民法所定の遅延損害金の支払を求める各原告の請求も理由がある。

第二被告会社に対する請求について

一  (本件事故、被告会社の責任等)

請求原因1の事実、同2の事実中、原告春光の受傷の部位・程度を除いた事実、同3の(二)の事実は、いずれも当事者間に争いはなく、成立に争いのない乙イ第一号証の一六・一七、甲第二号証、同第三号証及び原告眞理本人尋問の結果によれば、原告春光が本件事故により、頭部外傷、頸髄損害の傷害を負つたことが認められ、これに反する証拠はない。

二  (被告会社の帰責事由不存在の抗弁)

そこで、被告会社の抗弁について判断する。被告会社の抗弁は、被告会社の債務不履行につき、自己に責に帰すべき事由はないというのであるが、その理由の骨子は、梅原が松本車を発見したのち、前方注視義務の一環として、同車の動静を注視していたところ、カーブでの膨らみを除き正常な運転をしてきた同車が前方二、三〇メートルの所から突然センターラインを越えて梅原車の進行車線に侵入してきたため、梅原としては、松本車を回避するすべがなかつたということである。なる程、被告会社主張のように、梅原が松本車の動静を注視していたところ、同車が突然センターラインを越えて侵入してきたものであるとすれば、梅原としては、かような異常運転行為まで予見する義務はないし、その際の両車のスピード、距離等からして、梅原に結果回避義務を負わせるのは、困難であろう。

問題は、梅原が松本車の動静を充分注視していたのか否か、ひいては、同車のセンターラインオーバーが唐突なものであつたのか否かである。この点、梅原は、「自分が松本車の動静を注視していたところ、同車が突然自己の進行車線に侵入してきた」旨証言し(第一、二回)、松本車発見から衝突までの経過につき、概ね、被告会社の抗弁事実に窮つたことを述べている。本件記録を精査するも、他に被告会社の抗弁事実を認めるに足りる証拠はないので、被告会社自ら、主張するように、当該抗弁の採否は、ひとえに右梅原証人の信用性の有無にかかつている。結論からいえば、当裁判所は、梅原証言には、以下のような多くの疑問点があるので、同証言をたやすく措信することができないと言わざるを得ない。右の疑問点とは、次の諸点である。

〈1〉  梅原は、松本車が検証見取図第二図(以下、見取図という)〈A〉点付近でセンターラインをオーバーし、〈B〉点付近で自己の進行車線に復した旨証言している。検証の結果によれば、松本車が〈A〉点付近から〈B〉点付近まで戻るためには、付近がカーブであるから、松本車がそのカーブを曲るべくある程度既にハンドルを左に切つておつたとしても、それ以上にハンドルを左に切らなければならないところ、そのハンドル操作の量は、無意識のうちに自然と切れるような緩やかなものではない、換言すれば、行つておれば本人が意識しているはずのものである。しかるに松本は、これを否定し、事故前にハンドルを左に切つたのは、それこそ、梅原車を直前に発見し、急制動の措置を執つたときのみであると証言している。

〈2〉  松本の捜査官に対する供述調書(成立につき争いのない乙イ第一号証の二二)、同人の証言によると、松本は、対向してくる梅原車のライトに顔を照らされて、はじめて覚醒し、慌ててハンドルを左に切つたことが認められるところ、梅原証言では、松本車は、見取図〈3〉点付近で自己の進行車線に戻つた後、〈C〉点付近にまつすぐ突つこんで来て、〈C〉点付近で左に急転把したことになつているが、これでは、松本が〈C〉点付近でハンドルを左に切る以前には、梅原車と松本車は、対面せず、従つて、松本の顔に梅原車のライトが照射される機会がないことになつてしまう。

〈3〉  梅原は、松本車の動静に危険を感じ、ハンドルを右に切つたのは、見取図〈ロ〉点付近であり、松本、梅原両車両が衝突して止つたのは、自己の順向車線内であつて、センターライン上に、車両はかかつていなかつたと証言するが、検証の結果によれば、〈ロ〉点から衝突地点までは、一七メートル位あり、進行車線の幅員が約三メートルであるから、時速四〇ないし五〇キロメートルの梅原車が右〈ロ〉点付近でハンドルを右に切りながらブレーキを踏めば、車体の大半は、対向車線上に進出したのではないかと考えられる。ところが、現実は両車両がセンターラインに一部のみかかつて、梅原車の進行車線上に停車したことは、成立につき争いのない乙イ第一号証の八等により明らかである。

〈4〉  また、右の乙イ第一号証の八(実況見分調書)によれば、梅原車のスリツプ痕は、わずかに二メートル位であるが、もし梅原が前記〈ロ〉点付近で、危険を感じハンドルを右に切り、すぐに(若干遅れたとしても)、急制動の措置を執つたのであれば、もう少し長いスリツプ痕が付着するのではないか。

〈5〉  梅原は、保険会社の事情聴取に際して、松本車の蛇行運転を認めたものの、自分が特別の措置を執らなかつた理由につき、松本車が自己の進行車線内に「進入してくるとは思わなかつたので、そのまま進行した」とのみ回答し、センターラインでの膨らみについては、一言も触れていない(成立につき争いのない甲第七号証)。もし、膨らみが事実とすれば、この際にも膨らみのことを述べて然るべきである(この点、梅原は、再尋問において、保険会社の事情聴取の際認めたのは蛇行運転ではなく、膨らみを異常として認めたというが、到底措信しがたい)。

〈6〉  梅原は、松本車の膨らみを警察でも話したが、警察は取り上げてくれなかつたと証言するが、交通事故の一方当事者が、他方当事者の蛇行運転―たとえこれが膨らみであるとしても―を申し述べているのに、警察官がこれを調書に記載しないということは、通常考えられないし、また、梅原自身の警察が取り上げなかつた理由の説明も一貫性を欠くものである。

以上のように、被告会社の抗弁事実に副つた梅原証人の証言は、疑問点が多く信用できないし、他にこれを認めるに足りる証拠はないので、結局、被告会社の抗弁は、採用できない。

三  (原告春光の損害)

原告春光の損害については、第一の被告松本に対する請求の第二項において判断したとおり(但し、請求原因4の(一)の事実中、原告春光が近森病院に本件事故日より入院していること、原告春光が昭和一四年一月二六日生れであることは当事者間に争いがない)であるから、それをここに引用する。

なお、弁護士費用について一言するに、原告春光の被告会社に対する損害賠償請求は、債務不履行に起因するものであるところ、通常の債務不履行の場合には、弁護士費用は、民法四一六条一項所定の通常損害とはいえないが、本件事案の内容、性質、訴訟の遂行状況に照らすと、本件の被告会社の債務不履行と一定の弁護士費用の支出との間には、相当な因果関係があると解すべきであるから、原告春光において、第一の第二項において認定した範囲内の弁護士費用を被告会社に請求しうる。

四  (遅延損害金)

次に、遅延損害金の発生時期について検討するに、原告春光の被告会社に対する請求は、既に述べたように債務不履行に基づく損害賠償請求であるから、被告会社の右債務は、いわゆる期限の定めのない債務であり、民法四一二条三項により履行の請求を受けた時にはじめて遅滞に陥るところ、当事者間に争いのない請求原因5によれば、被告会社の右債務は、昭和五八年三月一八日限り、遅滞に陥つたものというべきであるから、原告春光の被告会社に対する遅延損害金の請求は、右の翌日である同月一九日から支払ずみまでの間は認められるが、昭和五八年二月一日から同年三月一八日までの遅延損害金の請求は理由がない。

五  (不真正連帯債務)

ところで、第一において判断したように、原告春光の被告松本に対する請求は、七、五八二万八、〇六九円とこれに対する昭和五八年二月一日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、原告春光の被告会社に対する請求は、右の如く七、五八二万八、〇六九円とこれに対する昭和五八年三月一九日から支払済みまで同じく年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、理由があるところ、被告らの右支払債務は、被告会社の支払義務の範囲内で不真正連帯債務であるから、主文第一項及び第二項は、第二項の範囲で連帯すると言うべきである。

六  (原告眞理及び同春樹の請求)

原告眞理、同春樹の被告会社に対する慰謝料請求は、被告会社の本件債務不履行に基づくものと解せられるところ、請求原因3の(二)の契約関係は、原告春光と被告会社間に認められるものであり、原告眞理、同春樹と被告会社間には何らの契約関係が存しない。従つて、原告眞理、同春樹が固有の慰謝料請求権を取得するゆえんは存せず、同原告らの被告会社に対する慰謝料請求は、主張自体失当というべきである。

第三結論

以上判示のとおり、原告春光の被告らに対する請求は、主文第一項、第二項の範囲(前記の如く、同一、二項は、二項の範囲で連帯すると解すべきである。)で理由があり、原告眞理、同春樹の被告松本に対する請求は、主文第三項、第四項の範囲で理由があるので、これらをいずれも容認し、その余の原告春光の請求及び原告眞理、同春樹の被告松本に対する請求並びに原告眞理、同春樹の被告会社に対する全請求は、いずれも失当ないし理由がないので、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、仮執行の免脱につき同法一九六条三項を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山崎学)

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